「坊っちゃん」片手に松山市へ行きたい!

「坊っちゃん」片手に松山市へ行きたい!

坊っちゃん湯

松本市のシンボル的存在であり、1994年に国の重要文化財(文化施設)として指定された坊っちゃん湯は、愛媛県松山市の道後温泉の中心にある温泉共同浴場、道後温泉本館のことです。2009年3月、ミシュランガイド(観光地)日本編において2つ星に選定されました。坊っちゃん湯は、2009年、経済産業省の「近代化産業遺産」にも認定されています。戦前に建築された歴史ある建物(近代和風建築)で、共同浴場番付において、東の湯田中温泉大湯と並び西の横綱に番付けされています。道後温泉の権利は、旧道後湯之町から戦時合併により受け継いだ松山市が有しており、各ホテル旅館への配湯はもちろん、本館と椿の湯の経営も行っています。坊っちゃん湯は年末の大掃除の日を除いて年中無休。年末大掃除の模様は、師走の格好の季節の話題となっていて、地元放送局や新聞によく取り上げます。

坊っちゃん湯の始まり

1890年、道後湯之町の初代町長として伊佐庭如矢(いさにわゆきや)が就任しました。この頃、町の最大の懸案は、老朽化していた道後温泉の改築でした。伊佐庭は町長就任に際して、自らは無給とし、その給料分を温泉の改築費用に充てることとしました。総工費は13万5千円。当時の小学校教員の初任給が8円といわれた時代で、あまりに膨大な予算に町民は驚き、町の財政が傾きかねない無謀な投資だと非難が相次いだそうです。反対運動は激しさを増し、伊佐庭が命の危険を感じるほどだったそうですが、伊佐庭は決定を貫き通したのです。棟梁は城大工の坂本又八郎を起用し、姿を現した木造三層楼は、当時でも大変珍しがられました。伊佐庭はさらに道後への鉄道の引き込みも考え、道後鉄道株式会社を設立しました。一番町~道後、道後~三津口間に軽便鉄道を走らせ、客を温泉へ運びました。関西からの航路が開かれるなど、道後温泉が発展していった時期でした。

坊っちゃん湯の浴室

坊っちゃん湯は、1階に「神の湯」、2階に「霊の湯(たまのゆ)」があります。神の湯男性浴室のみ2か所浴室がありますが、女性客の増加に伴い、神の湯女性浴室にも2つ目の浴室が設けられる予定です。神の湯と霊の湯の違いは使っている石の程度で、霊の湯の方が人が少ないためゆったり入れます。また、霊の湯には石鹸が備え付けられています。かつては源泉そのままでしたが、現在は愛媛県の条例(2003年10月施行)による指導もあり、塩素が加えられています。

坊っちゃん湯の料金システム

坊っちゃん湯の料金の一部は、重要文化財である道後温泉本館の保存修復に充てられることになっていて、入湯券の半券にもその旨が記載されています。入口右手の窓口で4種類の切符を販売しています。さらに、履物を脱いで上に上がり、入り口で券を渡す仕組みです。かつて一番安価な神の湯階下は300円でしたが、2005年7月に利用料金が値上げされました。

坊っちゃんゆかりの地へ行こう
在宅勤務には求人や求人情報での募集などありますが、その中国語教室 新宿にはメリットは何が あるのか?

坊っちゃん湯の料金(以下の料金は大人1人)

「神の湯階下」(400円)
神の湯に入浴します。一般的な銭湯と同じ。これより高い切符は全て浴衣、茶菓のサービスがあります。霊の湯は貸タオルつき。
「神の湯2階」(800円)
神の湯に入浴します。2階の大広間で休憩出来ます。菓子はせんべい。
「霊の湯2階」(1200円)
霊の湯、神の湯に入浴し、2階の広間(神の湯とは別でこじんまりとしている)で休憩出来ます。菓子はせんべいのデザイン違い。
「霊の湯3階個室」(1,500円)
霊の湯、神の湯に入浴し、3階の個室で休憩できますが、休日等は満室のことが多いです。菓子は坊っちゃん団子。
貸しタオル:60円(道後温泉の刻印のあるミニ石鹸付)
独特の赤色をしているオリジナルデザイン。210円で販売もしていて、記念や土産用に買い求める人も多くいます。

坊っちゃん湯の内部

振鷺閣(しんろかく)
太鼓(刻太鼓)を鳴らす場所。朝6時の開館時および正午、午後6時に鳴らされます。1996年に環境庁の日本の音風景百選に指定されました。
又新殿(ゆうしんでん)
日本で唯一の皇室専用浴室。御影石の最高級品・庵治石を使った浴槽の他、控え室、トイレ等が見学可。これまでのべ10人の皇族が入浴しましたが、各宿泊施設に引き湯が行われたことなどから、1952年を最後に60年近く使用されていません。見学料250円。最近、霊の湯の切符を買うと無料で見学できるようになり、ガイドの説明つきです。
坊っちやんの間
3階一番奥の個室に夏目漱石ゆかりの資料の置かれた部屋があり、開放されています。神の湯階下の利用者も見学可能です。

夏目漱石と坊っちゃん湯の本館

夏目漱石が松山中学の英語教師として赴任したのは、本館の完成した翌年のこと。夏目漱石はその建築に感嘆し、手紙や、後の小説『坊つちやん』の中で「温泉だけは立派なものだ」と絶賛しています。実際に、頻繁に通ったといいます。手紙によれば、8銭の入浴料で「湯に入れば頭まで石鹸で洗って」もらうことができ、また3階に上れば「茶を飲み、菓子を食」うことができたようです。小説には「住田」の温泉として登場します。これにあやかり、本館は「坊っちゃん湯」とも呼ばれるのです。1階の男湯浴室内には、『坊つちやん』の主人公が湯船で泳いで注意の張り紙をされたことにちなんだ「坊っちゃん泳ぐべからず」の札が掲げられています。

現在の坊っちゃん湯

現在、伊佐庭は道後の温泉街を見下ろす鷺谷(さぎたに)墓地に葬られています。

1994年
12月、神の湯本館、又新殿(ゆうしんでん)・霊の湯棟、南棟、玄関棟の4棟が国の重要文化財に指定されました。
1996年
7月、 振鷺閣から打ち鳴らされる刻太鼓(ときだいこ)が、「残したい日本の音風景100選」に選ばれました。
2007年
3月、美しい日本の歴史的風土100選に松山城と共に選定されました。
2009年
2月、経済産業省において「近代化産業遺産」に認定されました。

「油屋」のモデル

本館は宮崎駿監督の映画『千と千尋の神隠し』に登場する「油屋」のモデルです。油屋は、木造による重厚な重層構造の共同湯として描かれていて、実際に、製作スタッフが道後温泉に逗留し、近代和風建築である本館のスケッチを行った記録もあります。製作元も道後温泉本館がモデルであると明言していて、公式サイト上にも大いに参考にした場所として紹介されています。

坊っちゃん湯の周辺道路

かつて本館の四周に車両用道路があり、特に西側は現在の本館入り口に当たるものの、行き交う自動車で危ないこともありましたが、現在は、南と東側道路の拡幅が完了し、西側と北側道路は石畳の歩行者用広場に変貌しました。近代和風建築の情緒を安全に楽しむことができるようになり、道後温泉の魅力が一段と増すことになりました。

冠山(かんむりやま)

冠山は地層から、約3,000年前の縄文中期の土器・石鏃(せきぞく)が発見され、当時、縄文人が沐浴していたと考えられるため、日本最古の温泉の根拠となっています。

ホテル・旅館街

坊っちゃん湯の本館からさらに北にかけてのゆるやかな坂道の沿道には、道後温泉を代表するホテルや旅館が建ち並んでいます。また、本館と同じ源泉を使用した共同浴場が本館向かいの商店街に入って2分ほど歩いたところにあり、地元住民がよく利用しています。本館のような特別な休憩室はありませんが、比較的空いている穴場かもしれません。

おすすめ小説

コンテンツ

夏目漱石の本

賃貸物件の管理 全1750室 の管理実績!長年、地域密着で皆様のお住まいに関するお手伝いをしてまいりました。お問い合わせはこちら⇒藤枝 不動産 総和建工
五条五ツ橋は名古屋のお土産として一般的に有名な名古屋 ういろうをもっとたくさんの方に愛して頂きたいと考え、研究し多くの方のご協力をいただき五条五ツ橋のわらび外郎を仕上げることができました。

おすすめ文学